メタン湧水生態系の変遷
海底からメタンを含む水が噴き出しているものを「メタン湧水」と言います.
陸域の縁辺部に多く存在しています.メタンの起源になっているのものが陸域周辺の海底に多く降りつもる有機物であることがほとんどだからです.
そのメタンが海底付近にまで上昇してきて,そのまま海洋にメタンが放出することもありますが,海底直下で海水(中の硫酸)と接して生成される硫化水素として放出されることがほとんどだと考えられます.
このメタンや硫化水素をエネルギー源として熱水噴出孔に成立するような化学合成生態系がメタン湧水にも成立しているのです(図1).
しかもこのメタン湧水生態系は化石に残りやすいのです.メタンが海底付近で硫酸に酸化されるとき,硫化水素が生成されると同時に炭酸水素イオンが放出されて炭酸塩鉱物が沈殿するのです.そうして「石灰岩」(≒炭酸塩コンクリーション,ノジュール)が形成され,化石が残りやすくなります.
逆に熱水生態系は化石に残りにくいのです.熱水では岩石との反応で硫化水素が生成されますが,炭酸水素イオンはほとんど生成されません.硫化水素はpHを下げますので,二枚貝などの殻が溶けてしまいます.さらに熱水噴出孔は海底のど真ん中である中央海嶺などに多いわけで,例え化石として残ったとしてもその海嶺が陸上にまで運ばれることは非常に希です(でもたまにある).
ですから,化学合成生態系の変遷を見ようと思ったらメタン湧水生態系の化石記録を調べるのが一番手っ取り早いのです.
現在型化学合成生態系の起源
現在のメタン湧水に生息している生物たちはいつからメタン湧水にいるのでしょうか?その祖先達がいつメタン湧水に進出したのかに興味を持っています.
シロウリガイ類やシンカイヒバリガイ類という二枚貝類は非常に有名ですよね.彼らは鰓にイオウ酸化細菌を持っています(シンカイヒバリガイ類の仲間にはメタン酸化細菌を持っている種もいます).
彼らはいつからいたのでしょうか?
これらはいずれも軟体動物門に属します.メタン湧水や熱水にはエビ・カニ類などの甲殻類やチューブワームなどの環形動物類(多毛類)もいますが,やはり目につくのは軟体動物類です.
これが化石となるとそうでもないのです.古生代や中生代前半のメタン湧水では腕足類が主体であることの方が多いのです.
腕足類についてはどこかで解説したいですが,二枚の殻を持っているものの二枚貝類とは大きくことなる動物です.腕足類は光合成生態系でも古生代に栄えていましたが,古生代末(=ペルム紀末.約2億5千万年前)の大量絶滅事変あたりを境に軟体動物類の方が優占しはじめたのです.面白いことにメタン湧水では腕足類から二枚貝類への転換が前期白亜紀末(約1億年前)に起きたようで,光合成生態系で起きた優占動物群の転換期と大きくずれているようなのです.
それで私の研究室ではメタン湧水に生息する軟体動物群の変遷に着目しています.現在型の群集構成にいつなったのかを明らかにしようとして地道に世界各地のメタン湧水とそこから産する化石を調べています.
すると面白いことがわかってきました.海底下に生息する化学合成二枚貝類(キヌタレガイ類,ハナシガイ類,ツキガイ類は白亜紀から現在にかけて大きな変化がないのですが,海底表面に生息する化学合成二枚貝では大きな変化がありました.
海底表面に生息する化学合成二枚貝類の代表格はカスピコンカ類 (Caspiconcha),シロウリガイ類 (Vesicomyidae),シンカイヒバリガイ類 (bathymodiolins)ですが,カスピコンカ類は前期白亜紀末にほぼ絶滅し,細々と後期白亜紀にまで生き延びているのですが,後期白亜紀のカンパニアン期(約8300万年前)に絶滅しました.その後,海底表面に生息する化学合成二枚貝類が不在の時代が続き,古第三紀始新世にはいってようやく現在のメタン湧水でも栄えているシロウリガイ類とシンカイヒバリガイ類が出現するのです.
いったいなぜ海底表面に生息する貝類だけこんな変化をしているのでしょうか.いくつか仮説がありますがそれはまた別の機会に解説しましょう.
関連論文
Jenkins, R.G., Kaim, A., Little, C.T.S., Iba, Y., Tanabe, K., and Campbell, K.A. 2013. Worldwide distribution of the modiomorphid bivalve genus Caspiconcha in late Mesozoic hydrocarbon seeps. Acta Palaeontologica Polonica 58 (2): 357-382.