第64話 最後の選択

2019年5月12日 12:00 カテゴリ:兀天狗

私を後藤さんが呼び出します.

「炭素同位体比は,ほぼほぼ元の状態まで戻ってきた.

アミノ酸の窒素同位体比測定への改良のチャンスは複合的に見てもあと1回あるけど,

長谷川研究室のポスドクとしては,これ以上装置に大きなトラブルを起こすわけにはいかないし,私はどちらかというと,勧めない.

1ヶ月丸々同位体比に賭けるか,今あるデータで修論をしっかりまとめるか.

もし,同位体比が測定できなかったら,修論は書き上げられるのか.

しっかり,ジェンキンズ先生と話し合ってきなさい.

私は,兀橋くんとジェンキンズ先生と長谷川先生を合わせた3人がやりたいと思うなら覚悟を決めるし,そうなら兀橋くんも覚悟を決めなさい.」

いつも以上に真剣な言葉に,私も冷静になって考えます.

Prernaさんの言葉で前向きになっていたのは事実ですが,

改良を再開することに関しては,かなり迷いがありました.

また,大きなトラブルがあったら,同位体比分析装置自体がダメになってしまう可能性があるし,消極的になっていました.

そして何より,後藤さんの労力と時間をかなり奪ってしまうことにも罪悪感を感じていました.

学生が遠慮するところじゃないかもしれませんが,私は人の時間を奪うことには抵抗がありまして.

遠慮しすぎて後悔することも多々ありますが...

未だに,悩ましい性格は直りません.

迷いながら,ジェンキンズ先生に相談に行くと,

「やろう!!」

先生はすでに腹を括っていました.さすがはジェンキンズ先生.チャレンジ精神の塊です.

「ここまできて,チャレンジしなかったら,絶対後悔する.もうちょっとできそうな気がするからやろうよ!!」

ジェンキンズ先生は常に前向きですが,私はまだ決めかねていました.

ジェンキンズ研の機械ならまだしも,長谷川研の機械であることにも迷いがありました.

その後も先生と話し合い私は悩みました.

数日かけて,私の腹は決まりました.

やるぞ.

これだけ支えてくれる人がたくさんいるのに,それに応えない訳にもいきません.

M3覚悟で改良に再挑戦することに決めました.

12月,いよいよ再スタートです.

毎日朝9時半~夜11時までつきっきりで改良に励みます.

調整して,調整して,調整して,分析して,調整して.

そんな日々が続きます.

日付が変わってから帰路につくこともしばしば(先生はそのまま残っていることもしばしば).

波形や同位体比から装置の状態を議論しまくるので,脳みそも毎日フル稼働です.

でも,夏場に比べて,分析機器・同位体比分析の知識が増えて,少しずつ楽しくなってきました.

空き時間には,後藤さんから研究の世界や分析の世界のいろんなことを教えていただきました.

その雑談がリラックスにもなりましたし,私の価値観形成にも少なからず影響していると思います.

もう1年早くこの話を聞けていれば(ドクターに進学していたかもしれない)なあと思いましたが,これも"結果"です.

前向きに捉えましょう.

また,この頃になると装置のメンテナンスをしているなかで,後藤さんの指示の前に必要なものを用意できるようになってきたのです.

後藤さんが装置の中を覗いているうしろで,使いそうな工具を持って待機しているわけです.

そう,まるで執刀医の助手がメスを渡すように.

成長したな~と自分でも思います(思っちゃダメか).

そして,私はこの時期に"とある境地"に達することができました.

「あ,ジェンキンズ先生を超えたかもしれない」

かなりマニアックで狭い範囲ですが,装置を改良していく中で,

私と後藤さんの話に,先生がついてこれない場面がありました.

先生も分析の経験は少ないので,改良に関しては(ざっくりとみれば)よーいどんで一緒に学びを始めました.

私は毎日,装置につきっきりで後藤さんから分析技術の指導を受けます.

一方で,先生は他の学生の研究や授業などもありますので,分析機器に費やす時間が全然違いますから当たり前の結果でもあります.

でも,いつも先生に聞きまくって,信者になっていた私が感じた初めての感覚です.

あの瞬間は忘れられないですね.

昔,佐藤さんから「M2の後半になってくると,研究がめちゃくちゃ面白くなってくるんだよ~.

それで,狭い範囲だけども先生を超える瞬間があるんだよね~.」と聞いていたことを,まさに感じた瞬間でした.

今研究している学生の皆さんにも,是非味わって欲しい感覚です.

(天狗のつぶやき)

炭素同位体比測定の調整は順調に進み,

還元炉を付けた状態でアミノ酸の炭素同位体比を測定します.

経路が長くなった分,リークのリスクも増えます.

ここで,どのくらいリークを減らしておけるかが,窒素同位体比測定への重要な鍵(MASS=28)です.

セラミック管を折らないように慎重にナットを締め,同位体比を測定していきます.

「還元炉なしで炭素同位体比測定」,「還元炉ありで炭素同位体比測定」をクリアして,ついに後藤さんから「還元炉ありで窒素同位体比測定」の許可が降りました.

いよいよ,アミノ酸の窒素同位体比の測定に入ります.

打ち込むのは標準物質のアラニン.

「よろしくおねがいしまーす!!!」(サマーウォーズ風)

気合いを入れてシリンジを打ち込みました.

アラニンが検出されるまでの時間が確か15分なので,それまではドキドキです.

15分後,スクリーンサーバーで真っ黒になった画面を前に後藤さんと私に緊張が走ります.

「どうぞ!!」と後藤さんがマウスを指さします.

「はい!」

緊張の面持ちのまま,マウスを動かします.

(ドクン,ドクン)

!!!!!!

まっすぐのクロマト上に,ひじょーーーーに小さい山が!!!

ぬおおおおお!!これは!!!

後藤さんと二人でガッツポーズです!!

その後,温度が高くなってから,分析を止めて,同位体比を解析してみます.

その値は,まさに推奨値と近い値でした!!!

(検量線は引いていませんが)

次にジクロロメタンを打ち込み,メモリー効果がないことを確認しました.

これでアミノ酸の窒素同位体比測定の準備が整いました.

いよいよクライマックスです!!